【提言】スポーツに期待し過ぎない方がいい話【しつけは各ご家庭で】
体育大学出身の学生を採用したい企業は多いみたいな話よくありますよね。これって、上下関係を重んじるとか、目上を立てるとか、しっかり返事するとか、ハキハキしているとか、もっと言えば理不尽への耐性があるとか(これはマジでブラック)…色々な期待をされているからだと思います。
同じような感じで、スポーツを人間形成、しつけを目的に取り組ませたいと考える親御さんもいらっしゃるのではないでしょうか?
今回は、この点について思っていることを書いていきたいと思います。
スポーツは人間形成の手段ではありません

最初に断っておこうと思います。
今回の記事、いつも以上に私見が多いです。
私とは考え方が違う場合も多々あるかと思います。一意見として聞いてください。
もし冒頭に出した例のように人間形成やしつけ、役立つ社会人像を重ねているのであれば、スポーツや運動に色々求めすぎです。
sportsの語源は”遊び”を意味する言葉だったと言われています。
本来は楽しいことが大前提です。
むしろその時に楽しければそれだけでOKとさえ思っています。
今はスポーツが競うツールになり(競技スポーツ)、エンターテイメントになり(プロスポーツ)それをビジネスとして扱うこと(スポーツビジネス)に注目が集まっていますよね。
私もプロのスポーツは見ていて面白いと思います。これ自体はもちろん否定していません。
楽しくなければ、あのレベルまで自分を高めることはできなかったと思います。していて楽しかったことと、自分の持っている能力がマッチングした選手たちがあの舞台で輝いているんですよね。より自分を高めるために辛い練習を積み上げて、能力を伸ばしてきたわけです。そこには明確な目的が存在します。辛いけど、その先のもっと出来る自分、勝つという楽しみのために今頑張るというロジックがあってこそだと思うんです。
でも、なかなかそこまで深掘りして伝えるメディアは少ないです。私たちがもっと声を大にしていかなければいけないのかもしれません。「辛さに耐えて頑張る」部分と人格者的な要素を結び付けて美談にしている感じが強いなと思います。
学生スポーツを扱う場合もそうじゃなですか?確かにあっという間に終わる数年に人生全振りする姿には拍手を送りたくなります。実際に私も通ってきた道です。でもそれを差し引いても、取りあえず感動話にすればいいみたいなところあるなと思います。
それが競技人口を増やすというポジティブな作用を持つ反面、大切なことを見えなくする部分も持っていると思っています。
後者について少し掘り下げます。
しつけられるのは、あくまでも”結果”

繰り返しますが、スポーツに人格形成やしつけを求めるのは少しずれていると思っています。それが目的になってはいけません。
これらはあくまでも結果であり、更に言えば副産物だからです。
楽しく続けることが最重要です。特に育成年代はそこからずれるとおかしなことになります。
でも、実際に楽しくないのに嫌々続けている場面ってそんなに少なくない気がするんです。それって誰が幸せなんだろう?と思います。
やりたくないのにやっても上達しないし、熱心に教えたいコーチともすれ違いますよね。満足しているのは、通わせてる親だけ。その中身はボロボロ…
なんてことも多そうだなと思います。
体罰なんて理不尽もってのほかですが、それが『しつけ』とか『しごき』と言う名で存在していたのも事実なんですよね。
それがきっかけで、スポーツが嫌いになった子の人生まで考えていないですよね。
生涯に渡ってからだを動かすことに楽しみを持てることってものすごい財産だと思っています。
本当に人生の質を左右するファクターですよ。長い人生を生きていればスポーツに救われることもありますよね。
そんな選択肢であることがスポーツの存在意義だと思います。それを将来的に持てない環境、条件を作ってしまうのはちょっとまずいです。
このように多くの人が楽しむためにスポーツをする上でルールが必要だったり、周りの人と楽しみを共有するために社会性が求められるわけですよね。
そういう条件を満たすためにしつけの部分が結果として必要ではあると思います。みんなが自分勝手にやっていては収集付かないですし、誰かの満足のために誰かが我慢する必要はないわけですからね。
スポーツを一つの材料として家庭でのしつけに利用するのは大いに賛成です。これ以上ないきっかけだと思います。ケーススタディを通して学びが起きるいい機会です。
ただ、繰り返しになりますがその部分をスポーツに期待し育ててもらおうとしてはいけないです。むしろ順序が逆で、しつけを各家庭でした上で実地としてスポーツで発揮してもらわないといけないはずです。それを繰り返していく中で人間として成熟していくのかなと思います。
社会の縮図、社会性を身に付ける

例えばサッカーなんて、いい例かなと思います。
試合では、一つのボールを巡って相手と味方の合計22人が何かしらの関係を持つわけですよね。
ただ、人によって考えること、優先すること、持つ感情が違うわけです。同じ現象を見ているのにですよ?
これが面白いと思いますし、色々な価値観に触れるっていうことがとても大切な体験だと思っています。めちゃくちゃ社会的だと思うんですよね。味方ですら考えていることが違う中で同じ勝利という目的を目指すんです。社会人と同じじゃないですか?
気持ちが高ぶっている中で冷静にならないといけないところもポイントですね。
この自分の気持ちのコントロールが前述した体育大生への期待が大きくなるところなのかもしれないですね。
サッカーからは離れますが、ラグビーが上流階級のスポーツである理由にも納得がいきます。あれだけ激しくぶつかっても競技として成立させるためにはそれだけ人間的な成熟が必要なわけですよね。
そういった、社会性を身に付ける効果もスポーツの中にはあると思っています。これをスポーツそのものに依存するのではなく、各家庭での行う教育材料の一つとしていくのが在り方だと思います。
スポーツの魅力を目一杯活かそう
スポーツに色々と求めすぎるのは間違っていると思います。スポーツは”楽しい”ことが最優先でなければならないと思います。
その”楽しい”を叶えるための通り道に辛いことがあるならそれを受け入れて次にいきましょう。
その辛いことを乗り越える上で、人間的な成長や社会性が身に付くという流れです。あくまでも結果であり、副次的に生まれたものであるということは忘れないようにしたいなと思います。
あなたが子育て中で、子供に何かスポーツを習わせようと思っているタイミングであれば少し考えてみて欲しいと思います。あなたのお子さんがそスポーツでよりよい人生を歩めるような関わりを持って欲しいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。

